2020年4月6日月曜日

トキダイ(CRAZY HiTMAN)●インタビュー1/3

MUDD2回目は移転前マーブル時代から交友があるトキダイにインタビューしました。


サブライムに影響を受けた厚木のレゲエロックバンド【クレイジーヒットマン】のbass/vocal。
03年の結成から止まる事なく活動し近年はUTAGE MUSICを掲げLOVE&SMILEなライブは老若男女問わず幅広いシーンで定評がある。 
コッチ系の音が10バンドもいなかった時から活動する国内レゲエロック重要バンド。


楽しくて超長くなってしまったので3回に分けて更新します。
vol.1は結成から1stアルバムリリースまで2000年頭頃の話です。


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インタビュー●江口友章
(MARBLE RECORDS.PICTUREMOUSE)

主人公●トキダイ
(CRAZY HiTMAN)





●プロフィールに03年結成と書いてあったけど最初はどういう経緯で結成したの?

高校の文化祭に出るためにキヨとはじめたのが原型で。コピーバンドですけど。そっからオリジナルをチョロチョロ作り始めたんですけど高校卒業して、メンバーばらけてよくわかんなくなって、一年くらいしてやっぱバンドやりたいねってなってキヨと前のドラムを誘って3人でやり始めたのが今の状態のスタートでそれが03年だと思います。

ギターのキヨと今回の主人公のトキダイ。2人は仲良し。




●なるほど。03年結成から06年の1stアルバムリリース前までの話を聞きたいんだけど、当時は月にどれくらいのペースでどんな場所でやってたの?あと就職してたの?


まずは地元でちょっとずつやり始めて、わりとすぐに都内と横浜でもやるようになって当時は月に3本~5本くらいはやってました。始めた頃はライブハウスブッキングばっかりでノルマノルマでそのためにバイトしてたんじゃないかくらいw

俺らがあんまりジャンル分けしにくい音楽だったからなのか、対バンもバラバラ。でも地元が同じバンドや筋の通ったバンドはジャンル問わず仲良くなったので初期の頃はいろんな対バンしてましたね。
あ、この頃はまだ大学生ですw

トキダイ・キヨ・元ドラムのテリー(元気してる?)



●大学行ってたんだ!
最初からsublimeに影響を受けたサウンドだったの?



全員大卒です!最初の頃からsublimeみたいな音をやりたいってのはありました。たしかplaymate of the yearが流行った頃で初期のzebraheadみたいな縦ノリmixtureも好きで、どっちにしてもなんでもありな音楽がやりたかったんでしょうねw
2バンドに限らずカリフォルニア出身のバンドはだいたい好きですねw






●ちょうど昨日そのアルバム聞いてたよ笑
ゼブラヘッドも好きだったのは初めて知った!
結成当時他に好きだったバンドあれば教えて。

あと、1stアルバム(06年)リリース前は自主制作のデモとか出してツアーとかもやってたの?


時期があってるか微妙ですけど、カリフォルニアのレゲエロック的なとこでいえば、sublimeとlbdaとslightly stoopid。他のレゲエロックバンドはあんま知らなかったですかね。
あとはnofx、the offspring、reel big fish、311、limp biskit、rancid。
レゲェにどっぷりだったのもこの頃かなー?bob marley、lee perry、max romeo、inner circle、深堀してダブの方までかなり。ドレッドでしたしw

国内は90年代のairjam世代のバンドはほとんど聴いたのかなと思うんですが、hi-standardはもちろんcoke head hipstarsやback drop bomb、sherbetが大好きでlow iq 01さんもsuper stoopid時代からかなり影響受けてます。あとは東京スカパラダイスオーケストラとfishmansもこの頃も好きだった気がします。the beatlesとかbeach boysも中学生位からってなると結成の頃の話じゃなくなっちゃいますねw
 
結成してすぐに名刺代わりのデモ作ったんですけどなかなかヤバイやつで、半年くらいして作り込んだ2枚目のデモをレコーディングしてる頃からいろいろ変わりました。ちゃんとしたレコーディングスタジオ紹介してもらったり、ライブハウスだけじゃなくバンドやイベンターさん、地方からも声かけてもらってライブ本数もどんどん増えてって、2枚目のデモ出してしばらくして初めての全国ツアーも行きました。

初めて名古屋行ったのもその時で、その次以降は全部トモアキさんに見てもらってると思います!

3枚目のデモを作ってる頃にはオムニバスとかも参加させてもらったり、いくつかのレーベルからも声かけてもらって、1stのリリースまでトントンと進んできました。




●かなり幅広い音楽聴いてたんだね!

あの1stアルバムツアーの時はまだ22才か!オレが25才位でヒットマンのCD見つけてロゴがサブライムっぽかったからライブ行ってメンバーも全員で店に来てくれて。トキダイは大柄でオシャレでドレッドでニコニコしながら歌ってたね。
 

SKA,REGGAE,DUB,ROCKを取り入れた斬新な作品だったと思う。

あの時期ってさ、30~40本とかガッツリしたツアーだったと思うけど大変な事とかあった?



そうそう!
狙ったロゴで完全にそっち好きな人達と出会いたかったってのもあって「ツレタツレタ」ってトモアキさんとの出会いは嬉しかったっすね!

1stを出す前は夏休みとかをフルに使ってツアーしてましたけど、1stを出したときには丁度卒業して、自由にやり始めた時ですね。
でも、まさにお金も知恵とかもないから、毎日車で寝てって、銭湯行ってコインランドリー行って酷いと公園で行水ですよw懐かしいなw
変なとこで寝てると怒られるんで段々寝ていいとこと駄目なとこの区別もついてったりして楽しかったですけどね。

ドサ回りの1stのツアーはbassuiとthe trust blastとまわりました。ツアー外の対バンでも同じようなレゲエロックスタイルのバンドもこの頃から増えてきましたね。
hakaihayabusaやvibedreadはかなり沢山一緒にいろんなとこでやりましたね。


キヨとトキダイ。2人の家は近い




●公園の水道か笑
当時のツアーバンドって1か月家に帰ってません!とかあたり前だったもんね。

最高で年間何本ライブやったの?

当時は結構なライブ本数ながらも2~3年に1枚は必ずCD出してるけど新曲を創り続ける信念とか「盤を出したい!」ってこだわりとかあれば聞かせて下さい。


年間100本以上にはなってたと思うけど、もうずいぶん前なので正確には忘れちゃいました。
音楽に携わる時間が長い分、曲作りもかなり早かったですよね。
そして曲が出来たらやっぱりライブで披露したいですし、盤にするってのは特別な事だと思ってて。
この辺の考え方は人それぞれだと思うんですけど、俺は作品としてずっと残るものなんでアルバムであればそのアルバムのカラーがあって、最初の曲から最後の曲までのストーリーがあると思うんです。
どんなにいい曲でもそこになじまなければ俺はその作品には入れないし、入れたければ何度でも練り直しますね。
なので、こだわりすぎると曲出来なくなるw
でも、CRAZY HiTMANとしてはここはこだわってやってきたいなと思ってます。

キヨ,トキダイ,ダイちゃん,ユーダイ,,サポートメンバーO氏の現行CH



CRAZY HiTMAN HP
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TOKIDAI instagram





08年名曲「シャングリラ」MV。
現メンバーのトキダイ、キヨ、そして元ドラムのテリーの3ピース時代





vol.1はコレで終了。
テリーが抜けてユーダイ、ダイちゃんが加入、そしてサポートメンバーO氏の話はまた次回。


江口友章




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